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【田辺三菱製薬の祖「天命」田邊屋五兵衞(6)】道修町への道 薬のまちに看板を

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【田辺三菱製薬の祖「天命」田邊屋五兵衞(6)】
道修町への道 薬のまちに看板を

道修町を象徴する神農さん「少彦名(すくなひこな)神社」 =大阪市中央区道修町 道修町を象徴する神農さん「少彦名(すくなひこな)神社」 =大阪市中央区道修町

 二代五兵衞は元禄13(1700)年に奉公に上がり、以来約20年、初代を助けて家業の発展に尽くしてきた人だった。代を継いでからも商いは順調で、享保11(1726)年には土佐堀の創業地の並びに屋敷を購入、ついに「家持」となる。延享年間(1744~48年)には、大坂の有名合薬業者の一つに数えられるまでになっていた。

 「いつか道修町に田邊屋の看板を」と願っただろうが、初代以来の悲願達成はまだ先のこと。創業から100年以上を経た六代五兵衞まで待たねばならなかった。   (山上直子)   =(7)に続く

▼【田辺三菱製薬の祖・田邊屋五兵衞(7)】六代、株仲間入り 道修町に進出果たす

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