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【浪速風】どう口説いたのか、“口きかん”文豪にチャレンジさせた新興新聞(7月14日)

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【浪速風】
どう口説いたのか、“口きかん”文豪にチャレンジさせた新興新聞(7月14日)

菊池寛 菊池寛

 「夕刊大阪新聞」は、大正11(1922)年に前田久吉が創刊した週1回発行の南大阪新聞が翌年、日刊紙となり改題した。産経新聞の源流である。当時の「日本新聞年鑑」に「此(こ)の新聞の本領は無色透明の大阪第一主義で、(略)一寸(ちょっと)亜米利加(アメリカ)の州新聞の生立と似てゐる」という記述がある。

 ▼不偏不党で地域密着の新聞を、という前田の狙いを言い当てている。昭和になると部数が飛躍的に伸びた。番組表を載せた全国初のラジオ欄とともに売り物にしたのが、「学芸号」である。日曜ごとに流行作家の小説を並べた2ページを加えた。作家とは前田が自ら交渉した。

 ▼菊池寛は名前をもじって「口きかん」のあだ名があった。どう口説いたのだろう。直筆原稿が見つかった怪奇小説「妖妻記(ようさいき)」は、名声を確立していた菊池が新しいジャンルに挑んだ。「相当面白いつもりです」と添え書きがある。新興新聞と「大大阪」と呼ばれた時代が、創作意欲をかき立てたと想像する。

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