産経WEST

【田辺三菱製薬の祖「天命」田邊屋五兵衞(1)】「時代は洋薬や!」 激変の世、迷わず決断

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【田辺三菱製薬の祖「天命」田邊屋五兵衞(1)】
「時代は洋薬や!」 激変の世、迷わず決断

「時代は洋薬や!」十二代当主、田邊五兵衞の決断力は、戦国時代の豪商・田邊屋又左衞門にさかのぼる 「時代は洋薬や!」十二代当主、田邊五兵衞の決断力は、戦国時代の豪商・田邊屋又左衞門にさかのぼる

 「なんやて、交渉してる店がほかにもある?」

 明治維新から15年。大阪・道修町(どしょうまち)の薬種商、田邊(たなべ)屋の十二代当主、田邊五兵衞(ごへえ)は考え込んだ。神戸のアーレンス商会との間で進めていた商談に、ライバルが現れたという。商談とは、ドイツ・ハイデン社製の防腐剤サリチル酸の国内での独占販売権であった。

 五兵衞は10年ほど前に22歳の若さで家督を継いだが、“ご維新”以来、世の中の仕組みも経営環境も激変していた。それは江戸時代以来、薬の町として国内の商いを統制してきた道修町も例外ではない。

 まず安政6(1859)年に横浜が、約10年遅れて神戸が開港。医療は漢方医から西洋医へと移行しつつあった。和漢薬が中心だった五兵衞らの商いも、洋薬の割合が増えていく。有効成分の不ぞろいや計量問題など、和漢薬への不満を募らせていた五兵衞は決意を固めたのだった。

 「時代は洋薬や!」

 では、何を扱うか。目を付けたのは酒造業界だ。古来、清酒の貯蔵中に起きる「火落ち」(菌による腐敗)はいったん見舞われると大きな造り酒屋でも破産に追い込まれる恐ろしい“病気”だった。それを防ぐ防腐剤としてのサリチル酸に商機を見いだしたのだ。田邊屋の未来をかけた英断だった。

 堅実な性格の五兵衞だったが、一方でこうした先を見通す先進性も持ち合わせていた。

続きを読む

「産経WEST」のランキング