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【夕焼けエッセー】35円のカレーうどん

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【夕焼けエッセー】
35円のカレーうどん

 夜学高校の夜7時、腹をすかせ食堂で夕食をとる。贅沢(ぜいたく)などは論外、ただ腹に入れば何でもよかった。金がなく空腹で耐えた日も幾日もあった。

 家への仕送り、学費、下宿代、自活の生活費で薄給は消えた。貧乏だけが寄り添う、社会人と学生の二重生活だった。金のないつらさと悲しさは骨身に染みた。人並みの青春はいつも、手の届かぬ遠い所にあった。

 そうした生活の中、月に1度の給料日だけは心が躍った。贅沢をした。何よりの幸せだった。普段は一番安価な15円の「素うどん」で済ませたが、この日は学食で最高額の35円の「カレーうどん」を、胸を張って注文した。

 丼から上るカレーの匂いは格別で、この世で最高の料理だった。喉(のど)に絡みつくねっとりと凝縮した味は、すぐ飲み込むにはあまりにももったいなく、いつまでも口の中で転がしていた。

 つらい日常は忘れていた。気分は華やぎ、自分が一番幸せ者に思えた。この日が来ることだけを心待ちにしていた過酷な青春の日々の、一瞬の安堵(あんど)のときだった。

 先日、妻が旅行に出かけた。食事の支度はもちろん自分でした。ふと当時を思い出し、夕食にあの「カレーうどん」を作ることにした。懐かしい味が恋しかった。料理には自信がある。カレーの出汁も本格的に作った。

 しかし口にすると、苦労して作った「カレーうどん」の味は全くの別物で、涙して食べたあの感動のかけらもなかった。当時の味は一体どこにいったのだろうか。生涯忘れられぬ感激の味は。

臼木 巍(73) 会社経営 愛知県武豊町

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