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【田淵幸一物語・第4部(10)】ユニホームを脱いだ「タブチくん」 「夜のヒットスタジオ」に生出演

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【田淵幸一物語・第4部(10)】
ユニホームを脱いだ「タブチくん」 「夜のヒットスタジオ」に生出演

田淵は人気者。引退した夜にフジテレビの「夜のヒットスタジオ」へ生出演(右は司会の芳村真理) 田淵は人気者。引退した夜にフジテレビの「夜のヒットスタジオ」へ生出演(右は司会の芳村真理)

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 西武へ移籍し、2人の「名将」に出会い“勝つことの喜び”を知った田淵にも有終のときがやってきた。

 昭和59年10月1日、東京・池袋の球団事務所を訪れた田淵は、坂井球団代表、根本管理部長に「完全燃焼しました。引退したい」と申し入れて了承された。

引退の理由

 「38歳だしね。もう体がついていかない。夏過ぎから体に脱力感があり、とてもファンに見せられるバッティングができないと思った」

 これが引退の理由だった。有加夫人によれば、試合から帰ってきても「あの当たりがもうホームランにならない…」と独り言のようにつぶやく日が多くなっていたという。かといって、あっさりと引退を決めたわけではない。それは、父親としての悩みがあったからだ。

 田淵は再婚した有加夫人との間に56年11月、長男・裕章を授かった。プロ野球選手にしてみれば遅い子供。その分、かわいさは倍増するのだが、父親の雄姿の記憶は薄い。

 余談だが掛布雅之は33歳で引退したが、悩める掛布に5歳になったばかりの息子・啓悟が、小さなバットを手に「パパ、辞めてもいいよ。次はボクが打つから」と宣言したという。自分のプレーする姿を子供に覚えていてほしい-はプロ野球選手の共通の願いなのだ。

 このとき裕章はまだ2歳。いま、辞めたら息子の記憶に残らないという寂しさが田淵にはあった。

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