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【田淵幸一物語・第4部(4)】実現まで5年の歳月を要した「江川対決」 昭和58年の日本シリーズの結果は?

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【田淵幸一物語・第4部(4)】
実現まで5年の歳月を要した「江川対決」 昭和58年の日本シリーズの結果は?

昭和58年10月29日、日本シリーズ第1戦で巨人・江川(左)から左翼へ先制3ランを放った西武・田淵 昭和58年10月29日、日本シリーズ第1戦で巨人・江川(左)から左翼へ先制3ランを放った西武・田淵

 先頭の石毛が左前安打で出塁。続く黒田のバスター、松沼兄の送りバントで1死二、三塁。ここで山崎が左翼線を破る2点二塁打を放ち3-0。2死からスティーブが四球で歩き一、三塁で田淵に2度目の打席がまわった。

 1打席目はセンターライナーに倒れたが「打てる」という確信が持てた打席だったという。そして0-2からのカーブを左翼席中段へ叩き込んだ。

 「今年のすべて、いや、プロ生活15年のすべてを懸けた。江川だしね」。両手を大きく開き、バンザイをしながら田淵はベースを一周した。

 ちょうどその日、大阪・梅田の阪神球団事務所では午後5時から小林繁の「引退」会見が行われていた。

 「江川騒動」で阪神に入団した54年に巨人から無傷の8連勝。22勝を挙げ2度目の「沢村賞」に輝いた。阪神在籍5年間で77勝56敗4セーブ。この58年も13勝14敗1セーブを挙げた小林だったが「気力も体力も限界です」と8月に引退を申し出ていた。

 「まだやれるぞ」。安藤統男監督の懸命の慰留にも決意は変わらず、小林は11年間の現役生活に幕を降ろした。

 田淵が江川を打ち砕いた日に…。(敬称略)(田所龍一)

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