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【田淵幸一物語・第4部(3)】小林が「悲劇のヒーロー」になったもう一つの理由

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【田淵幸一物語・第4部(3)】
小林が「悲劇のヒーロー」になったもう一つの理由

「悲劇のヒーロー」となり、巨人戦で勝ちまくった阪神・小林 「悲劇のヒーロー」となり、巨人戦で勝ちまくった阪神・小林

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 もう少し「江川騒動」の話を続けたい。

 阪神に移籍した小林繁は「悲劇のヒーロー」と呼ばれた。それは単に江川の交換要員に指名されたからだけではなかった。

 昭和54年1月31日、小林が宮崎キャンプへ向かうため羽田空港にやってきたのは集合時刻の午後零時数分前だった。

 大きな手荷物を持って空港ロビーに入りかけた小林の肩を球団職員が叩き、耳元で何かをささやく。そして背後から手を回し抱くようにしてロビーを出て行く。待っていたのは紺野庶務部長が乗った黒塗りのハイヤー。

 3人を乗せたハイヤーは紀尾井町の「ホテルニューオータニ」へ向かった。新館37階の「5709号室」。そこには阪神へのトレードを通告するために長谷川実雄球団代表が待っていた。出発直前にUターンさせてのトレード通告。その「非情さ」にファンも球界からも非難の声があがった。

 実は巨人フロント陣は前夜から小林と連絡を取ろうと懸命になっていた。例年、小林は自宅から博子夫人と長男・優介君に見送られてキャンプに出発する。だが、このときは何度、自宅に電話を入れても誰も出ない。今のように携帯電話のない時代。小林の行方はついに掴めなかった。

 「都内のホテルに1人で泊まっていたんだよ」と、小林がそのときの「事情」を話したのは翌55年の暮れのことだった。

 --なんで、ホテルなんかに

 「女房とけんかしてね。煩わしくなって家を飛び出したんだ」

 --何が原因で夫婦げんかを

 「浮気さ。バレた」

 --しらばっくれなかったの

 「認めた」

 --なんで

 「分かってくれると思ったから。バカだったよ。言い合いになった」

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