産経WEST

【田淵幸一物語・第4部(1)】因果はめぐる「江川騒動」

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【田淵幸一物語・第4部(1)】
因果はめぐる「江川騒動」

昭和53年11月21日、「空白の1日」を使い江川(右)の入団を発表する巨人の正力オーナー 昭和53年11月21日、「空白の1日」を使い江川(右)の入団を発表する巨人の正力オーナー

前のニュース

 第4部の主題は、トラのユニホームを脱いだ田淵である。昭和53年11月、西武への移籍が決まると関西の新聞各紙から田淵の名前が消えた。実は「深夜のトレード通告」から6日後の11月21日にプロ野球界を揺るがす「大騒動」が起こった。

 ドラフト会議前日、前年にクラウンライターライオンズ(現西武)から1位指名され、入団を拒否して“浪人”していた江川卓(法大-作新学院職員)と巨人が、野球協約上の「空白の一日」を使って電撃契約。いわゆる「江川騒動」が勃発したのである。

 なぜ、「空白の一日」なのか。当時の野球協約にはこんな取り決めがあった。

 「球団が選択した選手と、翌年の選択会議開催日の前々日までに選手契約を締結し、支配下選手の公示ができなかった場合、球団はその選手に対する選手契約締結交渉権を喪失する」

 クラウンの交渉権は11月20日で消滅。協約上、22日のドラフト会議まで「1日の空白」が生まれたのである。もちろん、こんな暴挙が認められるはずもない。鈴木竜二セ・リーグ会長はすぐさま「この1日は各球団が新人選手選択の方針を樹立する余裕を与えるもので、この1日を利用して他球団は選手契約を締結できるなどとはうたっていない」と、巨人の選手登録申請を却下した。

 当然、マスコミも世論も「巨人の横暴を許すな!」と沸き立った。

 22日、東京・九段下の「ホテルグランドパレス」で始まったドラフト会議は異様な熱気で包まれていた。会場に巨人首脳の姿はない。全員がボイコットし日本野球連盟へ「会議の無効」を提訴。午前10時、予定通り各球団の指名が始まった。

続きを読む

田淵幸一物語のニュース

このニュースの写真

  • 【田淵幸一物語(1)】「田淵はミスターTではない」と断言した村山監督
  • 【田淵幸一物語(1)】「田淵はミスターTではない」と断言した村山監督
  • 【田淵幸一物語(1)】「田淵はミスターTではない」と断言した村山監督
  • 【田淵幸一物語(1)】「田淵はミスターTではない」と断言した村山監督

「産経WEST」のランキング