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【午後のつぶやき 大崎善生】札幌ラーメンは幸せの味

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【午後のつぶやき 大崎善生】
札幌ラーメンは幸せの味

 私は昭和32年に札幌に生まれ、そこで育った。私の母は料理をすることがほとんどなく、その割にはたまにものすごく手の込んだごちそうを作ったりして驚かせた。料理が嫌いなのではなく毎日料理を作るのが当たり前な立場にいたくなかったのだろう。その結果、小学4年生のころから私が出前の注文係になった。兄と母の希望する夕食を聞いて自分の分も合わせて電話で出前を注文するのである。店は三択。その中の1店に「五十番」ののれん分けの3店目、「味の美松」があった。醤油ベースのあっさりとした味に、ごま油の風味が何ともいえない。帰郷するたびに必ず食べに行っていたが、いつの間にか旭川ラーメンの店に変わってしまっていた。

 札幌の氷点下を超えた、豪雪に閉ざされた冬の茶の間で、親子3人でフーフーと息を吹きかけながら食べたあの醤油ラーメンの味が忘れられない。シンプルで大したものは何もなかったけれど、体に染み込んでいくような温かさがあった。素朴な優しさがあった。目を閉じればあの味は浮かんでくる。

 札幌に帰る機会があると、必ず評判のラーメン屋に立ち寄るのだが、往時の味とあまりにもかけ離れている。味が複雑すぎるのだ。

 どうしてもあの美松のラーメンを食べたいと思い、レシピを探し回ってみたが、ついに見つけることができなかった。

 今から50年も昔の、幸せだった少年時代の記憶と同じで、湯気のように、追いかければ追いかけるほどつかまえることはできないのかもしれない。 (作家)

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