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【夕焼けエッセー】ご朱印帳

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【夕焼けエッセー】
ご朱印帳

 四国八十八か寺めぐりでおなじみのご朱印帳。近年ではご朱印ガールまで登場して、お寺参りは大いににぎわっている。

 私は60歳の定年を機に、念願であった寺院の伽藍(がらん)職員になり、以来15年間ご朱印帳を書く仕事に携わった。

 朝一番。作務衣(さむえ)姿でお堂の重い扉を押し開ける瞬間、朝の光とお堂の冷気が身を包む。厳粛と至福の時が流れる。そして堂内の片隅で丹念に墨をすり、参拝客を待つ。

 休日の家族づれが集中するときなど、顔も上げられないほど忙しい。それでも東北なまりから九州なまりまで、いろいろなお国言葉が緊張を和らげてくれる。海外からのお参りも少なくない。1本の筆で太い字と細い字を一気に書き上げる様子に、ミラクル!マジック!の声がかかる。

 ある日。私の前に2人の外国人女性が立たれた。たどたどしい日本語で「短冊の色紙にご朱印をしてほしい。文字は『健康』で」と遠慮気味にリクエスト。

 そこで「この寺を創建した聖徳太子が、わが国で初めて定めた十七条憲法の最初の言葉『和を以て貴しと為す』ではどうか」と薦めてみた。すると「すばらしい!私たちはイスラエル人で、紛争の歴史しか知らない。ぜひその言葉を書いてほしい」と。

 私は渾身(こんしん)の気合をこめて「以和為貴」と書いた。ご朱印を押しお渡しすると、2人は顔を見合わせ、そして抱き合い、小躍りして喜んでくれた。

 あの日から10余年。今も色紙を大切に、平和にお過ごしであろうか。

吉田 龍雄(84) 奈良県斑鳩町

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