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【御堂筋のトリビア(7)】松尾芭蕉は御堂筋で亡くなったん?

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【御堂筋のトリビア(7)】
松尾芭蕉は御堂筋で亡くなったん?

松尾芭蕉の終焉の地を示した石碑=大阪市中央区 松尾芭蕉の終焉の地を示した石碑=大阪市中央区

 東北や北陸などを旅しながら「おくのほそ道」を著した松尾芭蕉。芸術性の高い句風を確立したこの俳人が御堂筋で最期を遂げたことをご存じでしょうか? 

 大阪市中央区久太郎町にある御堂筋に面した南御堂(真宗大谷派難波別院)。ほど近い側道の緑地帯にぽつんとたたずむ石碑には、「此附近芭蕉翁終焉ノ地ト傳(つた)フ」と彫られています。

 南御堂などによると、芭蕉は江戸時代の元禄7(1694)年9月、大阪を訪れた際に体調を崩し、10月12日、この地にあった花屋の離れで門人に見守られながら51年の生涯を閉じました。「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」という有名な句はその4日前、ここ大阪で詠まれたものです。

 この石碑のように、御堂筋周辺にはさまざまな碑が残されており、大阪の街の歴史を今に伝えています。

 大阪市役所南側の淀屋橋。江戸期の豪商「淀屋」が“ポケットマネー”で架けた橋であることはよく知られていますが、その「淀屋の屋敷跡」の碑が淀屋橋南詰めに残っています。

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