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【御堂筋のトリビア(3)】はじめは一方通行じゃなかったん?

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【御堂筋のトリビア(3)】
はじめは一方通行じゃなかったん?

6車線一方通行の御堂筋=11日午前、大阪市中央区(水島啓輔撮影) 6車線一方通行の御堂筋=11日午前、大阪市中央区(水島啓輔撮影)

 初めて御堂筋を目にして圧倒されることといえば、車が6車線を一斉に南に向かう光景ではないでしょうか。でも実は初めから一方通行ではなかったんです。

 昭和12年、御堂筋は通常の対面通行として開通しました。当時は車の数も少なくのどかな時代でしたが、高度経済成長期を迎えた30年代から交通量が増え始め、40年代にマイカーブームが到来。片側3車線の御堂筋でも渋滞や事故が目立つようになっていました。

 そんな中、地元で開催が予定されていたのが45年の大阪万博です。半年間で数千万人の人出が見込まれる中、都心部の道路混雑をどう緩和するか。交通規制を所管する大阪府警などが考え出したのが、主要道路を一方通行にしてしまうという大胆な手法でした。

 開催直前の45年1月、都心部を南北に走る主要道路のうち御堂筋と松屋町筋が南行きに、四つ橋筋と堺筋が北行きの一方通行に切り替わりました。80代のタクシー運転手の男性は「初めは戸惑ったが、一方通行の方が走りやすいと仲間内でも好評だった」と当時を振り返ります。実際、半年後には御堂筋での事故件数が3分の2に減るなど、効果はてきめんでした。

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