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【田淵幸一物語・第3部(11)】甲子園「10月16日」の奇跡

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【田淵幸一物語・第3部(11)】
甲子園「10月16日」の奇跡

昭和44年10月16日、中日最終戦で22号ホーマーを放ち、ベースを回る阪神・田淵。左は後藤監督。投手は水谷寿 昭和44年10月16日、中日最終戦で22号ホーマーを放ち、ベースを回る阪神・田淵。左は後藤監督。投手は水谷寿

 第1試合、田淵は「20号のことを考えると眠れなかった」と腫れぼったい目をして臨んだ。第1打席で見逃しの三振に倒れた田淵だが四回の第2打席、1死走者なしで門岡の初球、外角高めのストレートをまるでピンポン玉のように左翼席へ叩(たた)き込んだ。

 20号到達に吹っ切れたのだろう、続く六回の第3打席では0-1後の2球目、門岡の低めのスライダーを軽々と左中間スタンドへ21号。そして第2試合の第1打席では、一回1死一塁で水谷寿のカーブを狙い打ち。左翼へ飛び込む22号ホーマーを放ったのである。

 一塁のコーチスボックスに立っていた後藤監督とパーンと手を合わせ、軽やかなステップでベースを回る田淵。残り15試合で驚異の7ホーマー。まさに「怪物の覚醒」である。

 「8月頃は外野にも飛ばない状態で打率も落ちる一方。正直いって諦めていた。もちろん、いまでも打率は2割2分6厘だから新人王は難しいと思うけど、22本のホームランを打てただけでうれしい。他の新人には負けなかったですからね」

 終わってみれば打率こそ2割2分6厘と低かったものの本塁打は驚きの22本、そして56打点。叩かれて貶(けな)されて、みんなに心配をかけて、それでもどこか憎めない。愛され続けた田淵幸一の「魅力」とは、このギャップの大きさなのかもしれない。(敬称略)(田所龍一)  

                 

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