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【田淵幸一物語・第3部(11)】甲子園「10月16日」の奇跡

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【田淵幸一物語・第3部(11)】
甲子園「10月16日」の奇跡

昭和44年10月16日、中日最終戦で22号ホーマーを放ち、ベースを回る阪神・田淵。左は後藤監督。投手は水谷寿 昭和44年10月16日、中日最終戦で22号ホーマーを放ち、ベースを回る阪神・田淵。左は後藤監督。投手は水谷寿

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 昭和44年10月16日、甲子園球場での中日とのダブルヘッダー。田淵にとってルーキー年の最終戦は超満員の大観衆とはいかなかった。

 18号ホーマーが飛び出した12日の大洋戦に勝ち、阪神の2位が決定した。それを待っていたかのように13日、大阪・梅田の電鉄本社では野田誠三オーナーが、次期監督候補として「鶴岡一人氏への獲得に全力を挙げる」と発表した。

 「田淵は法大の後輩やし、どうやらワシはヤツを入団させるためだけに呼ばれた監督だったようや。それならそれでもええ。最後はワシの思うようにやるだけや」

 後藤監督がオーナー指令を無視してまで終盤、田淵を「一塁」で使い続けたのも、そんな反骨心からだった。

お客さんに背をむけるポジション

 ちなみに、本社が獲得を目指した鶴岡もまた「田淵のようなスターがお客さんに背を向ける捕手のようなポジションを守るのはもったいない」と「捕手・田淵」には否定的な考えを持っていた。果たして本社首脳はそれを知った上で招聘(しょうへい)していたのだろうか。

 結局、鶴岡招聘は失敗に終わったが、もし成功し、いきなり鶴岡監督が「田淵は一塁」と宣言したら、本社首脳はどんな表情をしただろう。想像しただけでおもしろい。

 甲子園球場は閑古鳥が鳴いていた。

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