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【田淵幸一物語・第3部(10)】田淵の「逆襲」が始まった 捕手の呪縛から解き放たれる

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【田淵幸一物語・第3部(10)】
田淵の「逆襲」が始まった 捕手の呪縛から解き放たれる

昭和44年10月12日の大洋26回戦。田淵は七回に左中間中段へ18号ホーマーを放った 昭和44年10月12日の大洋26回戦。田淵は七回に左中間中段へ18号ホーマーを放った

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 すっかり地に落ちてしまった田淵の評価。ドラフトで横取りされた巨人の前川八郎スカウトはまだ怒っていた。

球界の宝物をメチャメチャにして…

 「田淵はまるでダメになったじゃないか。阪神の指導者は何をしていたんだ。球界の宝物をメチャメチャにして…。本人の考えも多少甘かったかもしれんが、育て方や熱意にも問題があるよ。田淵はあんなもんじゃないはずだ」

 当時は球団間の「仁義」も希薄だったのだろう。言いたい放題である。そんな田淵にようやく15号ホーマーが飛び出したのは残り試合「17」となった9月28日の中日21回戦(中日)だった。

 それまで代打での出場が多かった田淵だが、久々に「三番・一塁」での先発出場。田淵を一塁で起用するときには「オーナーにお伺いをたてる」と言っていた後藤監督も「もうええんや」と一言。どうやら、この頃から本社上層部が水面下で画策していた再度の「鶴岡招聘(しょうへい)」の動きに、ムラムラと反発心が湧いていたようである。

 再び「捕手」の呪縛から解き放された田淵は打った。この試合、延長十一回1死二塁で中日の水谷寿から左翼へ15号2ランを放つと、10月3日の大洋24回戦(甲子園)では四回無死1塁で平松の1-1後の3球目、真ん中低めのストレートをバックスクリーン左へライナーでたたき込む16号決勝2ラン。

 「膝元の速球。あのコースのタマはいつもだとこねてしまうんだけど、今日は投手へ打ち返すつもりで振った。20本は打ちたいんです」(残り試合13)。

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