産経WEST

【JR脱線事故12年】生かされた意味探し熊本の被災地へ、次は自分が命を守る 作業療法士の中野皓介さん

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【JR脱線事故12年】
生かされた意味探し熊本の被災地へ、次は自分が命を守る 作業療法士の中野皓介さん

摂津市保健センターで作業療法士として働く中野皓介さん(右から2人目)=4日午後、大阪府摂津市(沢野貴信撮影) 摂津市保健センターで作業療法士として働く中野皓介さん(右から2人目)=4日午後、大阪府摂津市(沢野貴信撮影)

 あの日から、たくさんの人に支えられ生きてきた。その意味を、自らに問い続けた。兵庫県尼崎市で平成17年4月、乗客106人の命が奪われたJR福知山線脱線事故で両足に重傷を負った中野皓介さん(30)は今、作業療法士として高齢者をサポートする日々を送る。熊本地震の被災地にもボランティアとして駆けつけた。「もう被害者じゃなくて、支援者なんです」。ずっと探してきた答えを見つけた。(沢野貴信)

 12年前の春。4月25日は、いつもと同じ朝のはずだった。朝6時前には目が覚め、身支度を整えた。だが、入学したばかりの四條畷学園大リハビリテーション学部(大阪府大東市)へ向かう途中の快速電車で、ちょっとした異変を感じた。伊丹駅で大きくオーバーランしたのだ。「何かおかしいな」。直後、車両は脱線し、マンションにぶつかって大破した。

 気づいたときには2両目に閉じ込められていた。足の間に人が挟まり、問いかけにも反応がない。足元にも人がいた。自分はどんな状態なんだろう。声を振り絞り、助けを求めた。レスキュー隊に救出されたが、5時間近く圧迫された両足は、血液の循環不全で筋肉が壊死(えし)するクラッシュ症候群と診断された。

 幾度も手術を受け、懸命のリハビリで歩けるようになったが、自問自答を繰り返した。「僕が生きていてよかったんだろうか」。立っていたか、座っていたか。電車に乗った時間のわずかな差が生死を分けたことに、自責の念がわくのをとめられなかった。

 大学を卒業した22年春、大阪府摂津市保健センターに就職。それから1年がたとうとしたとき、東日本大震災が起きた。「今、ここで巨大地震が発生したらどう行動すればいいんだろう」と危機感を覚えた。災害医療を学ぼうと参加したセミナーで、手術を執刀してくれた医師と再会。医師は福祉医療関係者らで組織する「大規模災害リハビリテーション支援関連団体協議会」(JRAT)で活動しており、災害支援への思いはますます強まった。

続きを読む

関連トピックス

「産経WEST」のランキング