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【西論】JR脱線事故12年 「安全」を企業のDNAにすべし

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【西論】
JR脱線事故12年 「安全」を企業のDNAにすべし

スピード超過の快速電車は脱線後、線路脇のマンション駐車場に激突し大破。乗客106人が犠牲となった =平成17(2005)年4月25日午前、兵庫県尼崎市(本社ヘリから) スピード超過の快速電車は脱線後、線路脇のマンション駐車場に激突し大破。乗客106人が犠牲となった =平成17(2005)年4月25日午前、兵庫県尼崎市(本社ヘリから)

 乗客106人が犠牲になった兵庫県尼崎市で発生したJR西日本の福知山線脱線事故から25日で12年だ。犠牲者の遺族にとって、この日はかけがえのない家族の十三回忌となる。今年はJR各社ともに発足30年で、JR西にとっても特別な年だ。この節目に、JR発足以来最悪の死者を出した事故発生からの12年間を振り返ってみたい。

 ◆巨大な犠牲、長い裁判

 事故発生は平成17(2005)年4月25日午前9時18分ごろ。JR福知山線塚口-尼崎駅間の右カーブでスピード超過の上り快速電車が曲がりきれず先頭車両から5両目までが脱線。先頭車両は軌道から飛び出し線路脇のマンション1階駐車場に突入、2両目はマンション外壁に横から激突した。さらに3、4両目が、2両目に衝突した。乗客106人と運転士の107人が死亡、負傷者は562人にのぼった。

 兵庫県警は業務上過失致死傷容疑で捜査を進め、20年9月に現場カーブ設置当時の安全担当役員で、社長の山崎正夫氏や死亡した運転士らを書類送検。神戸地検が21年7月に山崎氏を在宅起訴した。神戸地裁は24年1月に無罪判決を言い渡し、確定した。一方、事故当時の社長や会長、相談役の歴代3社長は地検は不起訴にしたが、検察審査会の2度の審査の末、強制起訴となった。1審は無罪で、2審は控訴棄却、現在は最高裁に上告されている。

 遺族ら被害者にとって、12年は短い歳月ではなかった。遺族らで組織された「4・25ネットワーク」は原因究明や犠牲者の最後の乗車位置の確認、遺品の収集などのためにJR西との交渉を断続的に続けた。活動は再発防止や鉄道の安全に収斂(しゅうれん)していき、21年からJR西とともに事故原因の究明に取り組む「課題検討会」となった。24年にはJR西と有識者、遺族らで事故とJRの組織的要因の関連を分析する「安全フォローアップ会議」を設立し、26年に報告書をまとめた。

 「風化」や「安全対策の徹底」という共通の目標があったとはいえ、加害者と被害者がともに歩む姿は、これまでにない形だったといえる。

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