産経WEST

【水中考古学へのいざない(12)】カリブの海賊は「荒くれの大男」ではなく意外と小柄だった 難破船ウィダ号は語る

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【水中考古学へのいざない(12)】
カリブの海賊は「荒くれの大男」ではなく意外と小柄だった 難破船ウィダ号は語る

米国の画家Jean Leon Gerome Ferrisが描いた海賊と英国軍艦艦長の戦闘シーンの複製 米国の画家Jean Leon Gerome Ferrisが描いた海賊と英国軍艦艦長の戦闘シーンの複製

 †元は奴隷貿易船、乗っ取られて海賊船に

 ウィダ号は、もとは英国の奴隷貿易船だった。全長30メートル、3本マストの俊足船で、1715年にロンドンで進水。英国、アフリカ、西インド諸島を結ぶ悪名高い「三角貿易」に携わっていた。英国からの織物、酒、武器などの荷を西アフリカで奴隷と交換、カリブ海諸島へ運んでその奴隷を売って、金銀、砂糖などに換えていたのだ。

 そのウィダ号が1717年2月、ジャマイカから英国に戻る途中、バハマ諸島近海で2隻の海賊船に襲われた。海賊の頭目は黒髪の英国人で水夫あがりのブラック・サム(本名サミュエル・ベラミー)と呼ばれる男。カリブ海や西大西洋を股にかけ、わずか1年の間に53隻の船を略奪した有名な海賊だ。

 一味は、ウィダ号を乗っ取ると、代わりに自分たちの船を与え、無抵抗の船長や水夫たちを逃がしてやったという。

 海賊船となったウィダ号は、北米大陸東岸沿いを北上し、船を見つけては略奪を繰り返していたが、コッド岬沖で嵐に遭遇。ウィダ号略奪から2カ月後の出来事である。船体は真っ二つに折れ、積み荷は海底に飛散した。サムも145人の海賊もろとも海底に沈み、助かったのはわずか2人だけだった。

続きを読む

関連ニュース

「産経WEST」のランキング