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「おんな城主」?井伊直虎、通説より14年早く死去か 京都・井伊美術館が発表

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「おんな城主」?井伊直虎、通説より14年早く死去か 京都・井伊美術館が発表

河手家の先祖の景隆について書かれた記録の中で、8行目には永禄11年に直虎が駿河で討死(指さし部)したという記述がある=京都市東山区(寺口純平撮影) 河手家の先祖の景隆について書かれた記録の中で、8行目には永禄11年に直虎が駿河で討死(指さし部)したという記述がある=京都市東山区(寺口純平撮影)

 NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の主人公・井伊直虎について、永禄11(1568)年に討ち死にしたことなどが追記された古文書が見つかったと、井伊美術館(京都市東山区)が発表した。

 同館は昨年12月、別史料をもとに、直虎が女性(井伊直盛の娘「次郎法師」)ではなく、今川家重臣の息子・井伊次郎という男性だった可能性があるとの新説を発表し、話題を集めた。今回の古文書解読による直虎の討ち死に時期は、従来の説より14年早く死去していたという第2の新説で、今後の研究が注目される。

 同館によると、古文書は、井伊家の家臣だった河手家(かわてけ)の子孫がまとめた「河手家系譜」。

 この中の文政13(1830)年に書かれたページで、河手家の人物を紹介する文章の行間に、墨字で「井ノ直虎は幼かったので河手が補佐した」と追記。この「井ノ直虎」の隣に「次郎也」と朱色の文字が付け加えられていた。

 次の行には、墨字で「永禄11年の駿河崩れの時、落ち延びる直虎が討ち死にした」として、今川家滅亡のきっかけとなった徳川家康らの今川領侵攻で直虎が討ち死にした、と書かれていた。直虎は文献から一般的に、天正10(1582)年に井伊谷(静岡県浜松市)で死去したとされていた。

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