産経WEST

【名伯楽の軌跡(2)】卓越した指導力で日本ホッケー界の礎を築く 恩田昌史さん…天理大から男女150人の代表選手を輩出

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【名伯楽の軌跡(2)】
卓越した指導力で日本ホッケー界の礎を築く 恩田昌史さん…天理大から男女150人の代表選手を輩出

関西からホッケー強化に尽力した恩田昌史さん =奈良県天理市の親里ホッケー場(永田直也撮影) 関西からホッケー強化に尽力した恩田昌史さん =奈良県天理市の親里ホッケー場(永田直也撮影)

 1908年ロンドン五輪で初めて実施された伝統競技のホッケー。日本における競技環境と強化の向上に心血を注いできたのが、2008年北京五輪を含む通算3度の女子日本代表監督を務め、天理大男女ホッケー部を率いた同大名誉教授の恩田昌史(まさし)さん(77)だ。自らを「異端で常識破り」と評する具眼の士は「舞台作りをしない限り、よりよく発展しない」と信念を貫いてきた。

天理大男子331連勝

 大阪府出身で、1968年メキシコ五輪などで点取り屋として名をはせた。天理大を卒業後、コーチを経て66年に男子ホッケー部監督に就任し、関西学生リーグ331連勝に導いた。女子部は国内219連勝。母校を屈指の強豪に育て上げた秘訣(ひけつ)は、卓越した戦術・指導論にある。

 例えば、「低空パス」。メキシコ五輪に向けた国際試合で対戦した旧西ドイツのプレーを見て、ボールを味方に渡しやすくするライナー性のパス技術を習得。当時の日本は地面に転がすパスが主流だったが、先端を行く手法で天理大の強化につなげた。

 先見性もあった。女子部は80年モスクワ五輪からの採用を見据え、「これからは女性の時代になる」と同五輪の3年前に立ち上げ。部員1人から歴史を作った。早くから日本リーグ創設を訴え、本来11人制の競技をコンパクトにして幅広い世代が楽しめるよう6人制ホッケーを提唱するなど、日本ホッケーの基礎を広げた。

続きを読む

このニュースの写真

  • 卓越した指導力で日本ホッケー界の礎を築く 恩田昌史さん…天理大から男女150人の代表選手を輩出

関連ニュース

「産経WEST」のランキング