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【名伯楽の軌跡(1)】「基本徹底」五輪へ選手続々 美しい体操追求…城間晃さん

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【名伯楽の軌跡(1)】
「基本徹底」五輪へ選手続々 美しい体操追求…城間晃さん

基礎を徹底して教えるシロマスポーツクラブ理事長の城間晃さん=大阪府松原市(山田哲司撮影) 基礎を徹底して教えるシロマスポーツクラブ理事長の城間晃さん=大阪府松原市(山田哲司撮影)

 2004年8月16日。アテネ五輪の体操男子団体でルーマニア、日本、米国による三つどもえの金メダル争いが展開されていた。最終種目の鉄棒を残し、首位ルーマニアを0・063点差で追う2位日本。逆転での金メダル奪取は米田功、鹿島丈博、冨田洋之の3人に託された。

 「教え子が3人とも出てきたんですから、そらびっくりしましたよ」

 自宅でテレビ観戦していた城間晃さん(63)は思わず感嘆の声を上げた。彼らの小中学校時代、大阪の体操クラブで基本をたたき込んだ、その人である。

金メダリストの米田、鹿島、冨田を指導

 日本中の期待に応え、米田と鹿島が続けざまに高得点をマーク。エースの冨田はスーパーE難度の離れ業コールマンを成功させ、伸身新月面宙返りの着地まで完璧に決めた。「同じように練習を積んできた2人が成功させたんだから、自分も大丈夫だと思って落ち着きましたね」。28年ぶりの団体金メダル。「体操ニッポン」が高らかに復活を遂げた瞬間だった。

 城間さんは小学4年の頃、忍者映画に憧れて体操を始めた。中学で体操部に入り、強豪の大阪・清風高へ進学。だが、大成できなかった。「我流でやっていたから基本ができてなかった。自分みたいな選手は絶対に作らんとこうと思ったんです」。高校入学までコーチは不在。柔軟性の欠如が致命的で、ひとたび身についた悪いクセは後々まで抜けなかった。指導者に転じ、基本を徹底するようになったのは競技者としての後悔の念が大きい。

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