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【歴史インサイド】聖武天皇「幻の都」恭仁京の全貌は? 条坊の可能性秘める道路跡出土、京域解明につながるか

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【歴史インサイド】
聖武天皇「幻の都」恭仁京の全貌は? 条坊の可能性秘める道路跡出土、京域解明につながるか

岡田国遺跡で見つかった南北、東西に延びる道路跡の直交部分。「幻の都」とされる恭仁京のエリアの解明につながるのか=京都府木津川市 岡田国遺跡で見つかった南北、東西に延びる道路跡の直交部分。「幻の都」とされる恭仁京のエリアの解明につながるのか=京都府木津川市

 それは岡田国遺跡から北約2・5キロの地点にある「上狛北(かみこまきた)遺跡」だ。この遺跡も「足利案」の恭仁京の推定地内で、右京のほぼ中央に位置する。

 府埋蔵文化財調査研究センターによる平成22年度の同遺跡の発掘調査では、南北に約100メートル延び、幅も最大約1メートルという奈良時代の大規模な溝が見つかった。残念ながら、平行するであろうもう一方の溝は調査区域外だったので未検出。そのため「道路」との認定には至らなかったが、ほかにも重要な発見があった。地方役人の役職が記された木簡が出土したのだ。

 木簡には、現在の香川県丸亀市付近の地名「讃岐國鵜足郡」、郡司の役職である「少領(しょうりょう)」が記されていた。同センターはこの木簡から、上狛北遺跡には讃岐国の郡司が文書をやりとりするような施設があったのではないかとみている。

 平城京や長岡京、平安京などは、東西南北の方位に合わせて区画をつくる。同センターによると、岡田国遺跡の南北道路の南北線と上狛北遺跡の溝の南北線が、北で1度ほど西寄りに振れる方向で一致している。

 この2遺跡を考え合わせると、全体像が分かっていない恭仁京の区画は、北で西寄りに振れる形で整備されていた可能性が浮かび上がる。

未完成の都

 上原真人・京都大名誉教授(考古学)は岡田国遺跡の発掘調査結果に、「見事なまでに区画がきれいに出ており、恭仁京造営と時代的にもぴったり合う。断定とまではいえないが、恭仁京の条坊の痕跡と判断してほぼ間違いないと思う」と話す。

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