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【歴史インサイド】聖武天皇「幻の都」恭仁京の全貌は? 条坊の可能性秘める道路跡出土、京域解明につながるか

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【歴史インサイド】
聖武天皇「幻の都」恭仁京の全貌は? 条坊の可能性秘める道路跡出土、京域解明につながるか

岡田国遺跡で見つかった南北、東西に延びる道路跡の直交部分。「幻の都」とされる恭仁京のエリアの解明につながるのか=京都府木津川市 岡田国遺跡で見つかった南北、東西に延びる道路跡の直交部分。「幻の都」とされる恭仁京のエリアの解明につながるのか=京都府木津川市

 すずりや刀子は字を書く役人の必需品だった。このため建物は民家などではなく、役所などの公的施設だった可能性が高いとみられる。

 「ただ、建物はいずれも小規模なもの。すずりも食器である坏(つき)を転用したものが多く出土した。これらのことから、比較的下級の役人の仕事場だったとも見て取れる」と調査に当たった京都府埋蔵文化財調査研究センター(京都府向日市)の中川和哉・調査課第2係長は分析する。

無防備な建物が語る京の姿

 このL字の区画内の建物は、配置などにもさまざまな「不思議」がある。

 柱穴が深く、最もしっかりした造りだったとみられる建物は、通常考えられる区画の奥まった場所ではなく、直交する道路に近い場所にあった。

 建物を囲むためにあったと考えられる塀「築地(ついじ)」の痕跡も見つからなかった。「痕跡が残らない簡素な土塀や柴垣があった可能性もあるが、言ってみればこれらの建物は『無防備』な状態」(中川係長)だった。

 さらに、区画周辺の発掘調査では、建物跡などもほとんど見つかっていない。さしずめ「ポツン」と、この区画の建物だけが存在していた様子が浮かび上がってくるという。

 そして、区画内の建物は後にすべて撤去されたことが、柱が抜き取られた痕跡が残ることから判明した。

 数々の痕跡からは、短期で廃止された恭仁京の姿がイメージされる。

上狛北遺跡の存在

 恭仁京をめぐっては、今回の岡田国遺跡の発掘調査より前に、恭仁京の関連施設ではないかと注目された遺跡が見つかっている。

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