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【歴史インサイド】聖武天皇「幻の都」恭仁京の全貌は? 条坊の可能性秘める道路跡出土、京域解明につながるか

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【歴史インサイド】
聖武天皇「幻の都」恭仁京の全貌は? 条坊の可能性秘める道路跡出土、京域解明につながるか

岡田国遺跡で見つかった南北、東西に延びる道路跡の直交部分。「幻の都」とされる恭仁京のエリアの解明につながるのか=京都府木津川市 岡田国遺跡で見つかった南北、東西に延びる道路跡の直交部分。「幻の都」とされる恭仁京のエリアの解明につながるのか=京都府木津川市

 「宮」を中心として貴族をはじめ役人や庶民の住居などが広がる「京」についても、これまでの発掘調査では確定につながる遺構や遺物などは見つかっていない。京域については「続日本紀」に「賀世山(鹿背山=かせやま)西路より東を左京、西を右京とする」とあり、ほかの都城同様、左京と右京があったことが記されている。

 京都大の故・足利健亮教授が発表した恭仁京の復元案では、平城京を参考に、南北は九条、東西は八坊とし、左京と右京は鹿背山の山間部を除いて離れた場所に置くという変則的な京域を設定した。地理学的な研究から、左京と右京は緩やかな「ハ」の字形に置いているのが特徴。

 この「足利案」は長年にわたり復元案として認知されているが、そのほかにもさまざまな復元案がこれまでに示されており、京域は謎のままだ。

簡素な公的施設?

 そうした中で見つかったのが、岡田国遺跡の直交した道路跡である。

 「宮」から南西に約5キロの地点に位置する同遺跡は、足利案の復元図に落とすと、右京の南端に近い位置にある。

 見つかった道路跡の道幅約7メートルは、平城京の「大路、小路」のうち「小路」の道幅と同規模で、道路脇の溝の長さは東西が約20メートル、南北が約40メートルにわたって発見された。

 道路が直交するL字内の区画からは6棟の掘立柱建物跡が検出。それに加え、すずりの「円面硯(えんめんけん)」、木簡などの木を削るナイフ「刀子(とうす)」なども出土している。

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