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【田淵幸一物語・第2部(7)】名物スカウトのドラフト指名「直前変更」が、その後の補強戦略を揺るがした

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【田淵幸一物語・第2部(7)】
名物スカウトのドラフト指名「直前変更」が、その後の補強戦略を揺るがした

田淵家に指名挨拶にやって来た阪神・佐川スカウト(左)右から母親の花江さん、田淵、父親の綾男さん 田淵家に指名挨拶にやって来た阪神・佐川スカウト(左)右から母親の花江さん、田淵、父親の綾男さん

 それから16年後、昭和56年に阪神は明大の平田勝男内野手を2位で指名。当時、監督だった安藤統男が“御大”島岡監督を1週間がかりで説得してようやく明大との“雪解け”を迎えた。平成元年に島岡御大は亡くなったが、もしも、このときの説得が不成功に終わっていたら、昨シーズン「新人王」を獲得した高山俊の阪神入団もなかった-とは考え過ぎか。

 さらにもし、阪神が予定通り鈴木を指名していたら、当然、2年連続で高校生の左腕投手を取ることはなく、第2回ドラフトで大阪学院大高の江夏豊の1位指名はなかっただろう。幻の黄金バッテリー…佐川の「直前変更」に不思議な“運命”を感じてしまう。

 話を田淵家に戻そう。このままいけば社会人野球入りが濃厚。一方、阪神は11月19日に法大の先輩でもある後藤次男が15代目の監督に就任。受け入れ態勢を整えたその日、巨人の正力亨オーナーから「爆弾発言」が飛び出したのである。

 (敬称略)

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