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【銀幕裏の声】手塚治虫の壮絶秘話 机の下で寝ていると隣に先生が…“ガンダム”富野監督 “ボトムズ”高橋監督、両巨匠が語る師

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【銀幕裏の声】
手塚治虫の壮絶秘話 机の下で寝ていると隣に先生が…“ガンダム”富野監督 “ボトムズ”高橋監督、両巨匠が語る師

昭和37年、34歳の手塚治虫。この年に虫プロダクションを設立した 昭和37年、34歳の手塚治虫。この年に虫プロダクションを設立した

 「鉄腕アトム」は38年、日本初の国産テレビアニメとして放送開始。第1作は平均視聴率30%を超え、国民的人気アニメとして定着。そんな頃、日大芸術学部を卒業したばかりの富野監督は制作現場の最前線に投入された。

 「アトムの放送回数が増え、そろそろ原作が尽きるぞと気付いたんです」と富野監督が当時を振り返る。富野監督は自らオリジナル脚本で絵コンテを作り、準備を進めていたという。

 「そのコンテが手塚先生の目に入り、『次はこれでいくから続きを描いて』と言われ、分かりましたと答えたものの、そのコンテは放送1回分の前半部しかなかったんですよね」と富野監督は苦笑した。

 この作品こそが今も語り継がれる39年11月に放送された第96話「ロボット・フューチャー」。富野監督の演出家としてのデビュー作だ。この後、計25話の演出を担当した富野監督はアトムシリーズで最多本数記録を持つ演出家に。42年、虫プロ退社後もフリー監督として手塚原作の「海のトリトン」を手掛けるなど手塚との関わりは続いた。

アトムからボトムズへの潮流

 「入社3日目から20日間、家へ帰れませんでした。連絡が取れなくなったため母が心配して虫プロへ電話してきましてね…」と苦笑しながら語るのは、富野監督とほぼ時期に虫プロに入った高橋監督だ。

 アニメ制作現場の過酷さは想像以上だった。「作業机の下に金属のバーがあり、そこに足を乗せてアニメを描くのですが、深夜に仮眠するときにはそこへ座布団をかけて枕にして寝るのです」と高橋監督は説明しこう続けた。「ふと気配がして隣を見ると手塚先生が同じようにして寝ていました。“神様・手塚先生”が隣で寝ている…。夢のようでうれしかったのですが、寝返りもできず苦しかったですね」

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