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【田淵幸一物語・第2部(6)】田淵指名は早実・王を巨人に奪われた恨み?

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【田淵幸一物語・第2部(6)】
田淵指名は早実・王を巨人に奪われた恨み?

阪神入りに傾いた早実・王だったが、土壇場で巨人に心変わり 阪神入りに傾いた早実・王だったが、土壇場で巨人に心変わり

 ドラフトから数えてちょうど10年前のこと。昭和33年、佐川は関大の村山実と同時に早実の王貞治も担当していた。当時の王は父親・仕福さんの希望もあり「大学進学」で固まっていた。その王を佐川は熱意と執念で口説き落とした。ところが、「進学」で手を引いていた巨人が「プロ」も有り得るなら話は別-と割り込んできた。結局、「東京でプレーしたい」という王の希望が強く、土壇場で佐川は巨人に敗れた。

 その“恨み”を晴らす最大のチャンスが目の前に…。そんな気持ちも当然、佐川にはあっただろう。指名が終わった後の記者会見でもこう心境を語っている。

 「私は10年前に王君を獲るのに失敗した。それが原因になって、それからの阪神は巨人に勝てなくなった。責任を感じている」と。

 だが、そんな「恨み」や「雪辱」の思いよりも、スカウトとして「最強打者・田淵が欲しい」という気持ちの方が強かった。

 「10年に1人出るか出ないかの逸材である田淵君は絶対に逃がせない」

 これが「田淵指名」の真相である。

 「そんなにボクを買ってくれていたんなら、電話の1本もあっていいなじゃない?『指名するかもしれないので、その時はよろしく』だけでも連絡があったら、親父もボクもあんなに怒らなかったと思う」

 《ほんまに》その通りである。(敬称略)(田所龍一)

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