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【田淵幸一物語・第2部(6)】田淵指名は早実・王を巨人に奪われた恨み?

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【田淵幸一物語・第2部(6)】
田淵指名は早実・王を巨人に奪われた恨み?

阪神入りに傾いた早実・王だったが、土壇場で巨人に心変わり 阪神入りに傾いた早実・王だったが、土壇場で巨人に心変わり

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 田淵家の“怒り”の原因はたったひとつ。

 「オレを欲しいと言っていた巨人や南海だけじゃなく、ほとんどの球団が1度は挨拶に来た。なのに阪神だけは挨拶にも来ない。それで指名だよ? わけが分らなかった」と田淵は今でも首を捻る。

 「後で聞いた話だが、佐川というスカウトの個人的な思い入れからだと…」

 昭和43年の第4回ドラフト会議では各球団から2人の代表が出席できた。阪神は戸沢一●(=隆の生の上に一)球団社長と佐川直行スカウト(渉外担当課長)が出席した。「本抽選」が終わり1番の東映から指名が始まる。この時はまだ阪神首脳の頭に「田淵」はなかった。ところが…。

突然のひらめきで指名

 「最初に(田淵の名前が)出てくると思っていたのに出ないので、迷わずいった。一番の強打者だし、やってみようと」

 戸沢球団社長の言葉からすると、決定はまさに直前。そして「やってみましょう」と進言したのが佐川スカウトだった。

 佐川直行、当時54歳。“まむしの一三”こと名スカウト青木一三が阪神を退団したあと昭和31年に中日から移籍。鎌田実や並木輝男を入団させ村山実も担当するなど、タイガース黄金期の基礎を築いた敏腕スカウトである。その彼が一度も挨拶すらしていない田淵指名を何故、進言したのか-。

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