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【鹿間孝一のなにわ逍遙】名画座ですごした学生時代

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【鹿間孝一のなにわ逍遙】
名画座ですごした学生時代

2月13日に93歳で亡くなった鈴木清順監督。映画「オペレッタ狸御殿」記者発表会見にて(2005年3月29日) 2月13日に93歳で亡くなった鈴木清順監督。映画「オペレッタ狸御殿」記者発表会見にて(2005年3月29日)

 今回は京都のことを書きたい。学生生活を送った昭和40年代の後半である。

 映画監督の鈴木清順さんの訃報で、記憶がよみがえった。

 京都市左京区の一乗寺に「京一会館」という名画座があった。京都と一乗寺から一字ずつを取ったのだろう。東映の任侠(にんきょう)モノや日活ロマンポルノ、無国籍アクション、それに当時盛んに制作されたATG(アートシアターギルド)の難解な芸術作品も上映していた。洋画の名作もあった。

 よく通ったのは、授業がしょっちゅう休講になったからだ。

 まだ70年安保や学園紛争の余波が残っていて、とくに試験時期になると、校門がバリケードで封鎖された。行くところがなく、とりたてて映画ファンというわけではなかったが、自然に京一会館や、祇園の石段下にあった祇園会館などの名画座に足が向いた。

 安くて時間がつぶせるからである。学生時代は年間100本以上の映画を見た。

 不確かな記憶だが、京一会館の入場料は200円だったような気がする。当時は市バスが30円で、銭湯も同じ30円。コーヒーは80円、定食が170~200円だった。

 つまり1食がまんすれば映画が見られるのである。しかも京一会館は3~4本立てだった。午前中に入ると、ほぼ丸1日をすごすことができる。

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