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【田淵幸一物語(16)】トラは死んだ! 球団初の「最下位」…ブルドーザーの異名社長登場-

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【田淵幸一物語(16)】
トラは死んだ! 球団初の「最下位」…ブルドーザーの異名社長登場-

球団史上初の「最下位」を報じる昭和53年9月15日付けのサンケイスポーツ 球団史上初の「最下位」を報じる昭和53年9月15日付けのサンケイスポーツ

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 「田淵、放出」は、けっして突然出てきた話題ではなかった。昭和53年、38ホーマーを放ち一時は、広島・山本浩二と本塁打王争いを演じた田淵だったが、肩や肘の故障と持病の腰痛に悩まされ続けていた。

 9月14日、横浜の大洋21回戦に4試合ぶりに復帰した田淵は四回1死一塁で左前安打を放った。先制のチャンスを広げると続く掛布が中前タイムリー。ホームに突進する二塁走者の藤田を見て、田淵も二塁を回った。その時だ。「ギクッ」とまた腰に激痛が-。よろめきながら三塁へ倒れ込む。起き上がれない。切通におんぶされて田淵はロッカールームへと消えた。

責任の一端は不甲斐ない主砲に

 翌日のスポーツ紙には『トラは死んだ 史上初「最下位」の皮を残して』という大見出しが躍った。最終的に41勝80敗9分けの勝率3割3分9厘。昭和11年の球団創設以来初めての「最下位」。その責任の一端は不甲斐ない主砲・田淵にもあった。

 「今季の不振は言い訳がきかない。1年で監督を交代させるのは可哀想だという声もあるが、そんなことよりもチームを強くする方が大事だ」。9月15日、阪神の長田陸夫球団社長は後藤次男監督の「解任」を発表した。

 「縁」とは不思議なものである。田淵にとって阪神で初めての監督と“最後の監督”が後藤の「クマさん」になった。

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