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【田淵幸一物語(15)】深夜のトレード通告に「もう我慢の限界だ」

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【田淵幸一物語(15)】
深夜のトレード通告に「もう我慢の限界だ」

深夜のトレード通告を受けた田淵はホテルロビーで不満を爆発させた 深夜のトレード通告を受けた田淵はホテルロビーで不満を爆発させた

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 私と田淵幸一との関わりは平成2年、彼が杉浦忠の後任として福岡ダイエーホークスの監督に就任してからだ。だが“出会い”となると少々時は遡る。

 昭和53年11月15日深夜、そう、田淵が西武へのトレードを通告された大阪・梅田の『ホテル阪神」で出会った、というより「見た」と表現した方がいいかもしれない。

 その時はまだ「記者」ではない。入社を控え、サンケイスポーツで学生アルバイトとして取材の手伝いをしていた。当時、産経新聞大阪本社は大阪市北区桜橋にあり「ホテル阪神」は目と鼻の先。午前2時前から始まった「通告劇」を取材する本紙の記者のところへ、デスクからの連絡を伝え、おにぎりとお茶の差し入れを持って行った。

 阪神の小津球団社長と田淵との会談が行われている12階「1250号室」の前では各社の記者たちが約30人。何とか話を聞こうと床に這いつくばっている人がいれば、ドアに紙コップ当てている記者もいた。

 「ウチはせんでいいんですか?」

 「無駄や。聞こえん。さっきやってみた」

 午前2時40分。突然「バタン」とドアを蹴るようにして田淵が部屋から飛び出して来た。強ばった顔。唇は小刻みに震えている。一斉に記者が取り囲んだ。「どこで話す?」と田淵が言い、急きょ、1階のロビーで緊急記者会見が始まった。

俺はガッカリした

 「オレを西武に出すとはっきり言ったよ」 「こんなタイガースだとは思ってもみなかった。オレはがっかりした。この問題が表に出たのが10月下旬だよ。その間、球団からは何の説明もない。そしていきなりトレード通告。しかも夜中に…非常識だろ。オレにだって我慢の限界というものがある」

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