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【田淵幸一物語(14)】「トレードなら引退」掛布は決意していた

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【田淵幸一物語(14)】
「トレードなら引退」掛布は決意していた

昭和53年、新大阪駅で後藤監督を中心に「ミスターT」のそろい踏み(左は掛布、右は田淵) 昭和53年、新大阪駅で後藤監督を中心に「ミスターT」のそろい踏み(左は掛布、右は田淵)

 実はその日、筆者はルーキー・北村照文の結婚式に招待され、デイリースポーツの同期の記者と東京へ向かっていた。東京駅で会社に連絡を入れた。とたん「アホ、ボケ、どこをほっつき歩いとんのや!」とデスクに怒鳴り散らされた。

 「朝、新聞見たんかい」「はい、掛布の…見ました」「見て、なんも思わんかったんか」「また、飛ばしとるなぁと…」「アホ、飛ばしかどうか取材せなわからんやろが。掛布のトレード記事やぞ、担当記者やったらすぐに裏取りせんかい!」。ひたすら謝った。見れば隣で同期の記者も平身低頭。ちなみに彼は後に同紙の社長となり、現在サンテレビの社長を務めている沼田伸彦である。

 「選手にはトレードを断る権利はない。ボクたちに出来るのは野球を辞めることしかないから」。当時25歳、同い年の掛布がそんな「決意」を固めていたとは…。笑って東京へ行ってる場合ではなかったのである。(敬称略)

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