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【田淵幸一物語(8)】「ON」が開花させた田淵のバット 本塁打王を獲った秘密とは

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【田淵幸一物語(8)】
「ON」が開花させた田淵のバット 本塁打王を獲った秘密とは

より遠くへ飛ばすため、田淵が取り入れたのは“一本足打法”だった より遠くへ飛ばすため、田淵が取り入れたのは“一本足打法”だった

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 田淵が「ホームラン打者」へ開花したのは入団4年目の昭和47年からだ。前年の18ホーマーから一気に34本塁打に伸ばし、翌48年には37本。49年には自己最多の45ホーマーをかっ飛ばした。だが、「本塁打王」のタイトルを取ったのは50年(43本)の一度きり。田淵の上には常に“世界”の王貞治が君臨していた。

世界の王から技を盗む

 「大きな、大きな壁だった。何度ぶつかってもはじき返された。でも、逆にそんな王さんがいたから、ボクもホームラン打者になれたんだと思う」

 村山監督のあとを受けた金田正泰監督のもとで「四番」に抜擢(ばってき)された田淵がまず行ったことは「王さんの技を盗む」ことだった。

 「当時はまだビデオなんてなかった時代。目で見て盗むしかなかった。その意味では捕手というポジションはうってつけ。一番近くで王さんの打撃を見られたんだから」

 投手が投げるどのタイミングで右足を上げているのか。何秒制止するのか。グリップの位置は。踏み出す足の幅は…。

 田淵はありとあらゆるデータを頭に叩き込み、そして真似(まね)た。さすがに王のような極端な“一本足打法”にはしなかったものの、右の軸足に体重を乗せて左足を上げ、体重移動と回転で打つ打法を身につけた。だが、一つだけ真似しなかったことがあった。

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