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【田淵幸一物語(1)】「田淵はミスターTではない」と断言した村山監督

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【田淵幸一物語(1)】
「田淵はミスターTではない」と断言した村山監督

甲子園球場でホームランを放つ田淵の華麗な打撃フォーム 甲子園球場でホームランを放つ田淵の華麗な打撃フォーム

 「ほな、2代目は誰なんです?」

 「ワシや」

 《なんやそれ》自ら「ミスターT」と名乗った村山監督にもズッこけたが、田淵を否定したのには驚かされた。

 「何で田淵さんと違うんですか?」

 「トレードで出たもんにその資格はないで」

 有無を言わせぬ口調だった。それが、当時の田淵に対する球団やOBたちの“公式”の評価だったのである。

 「生え抜き」であることの重要性。FA制度が主流の今でこそ、その価値は高くはないが、当時の阪神では「監督」になるのも「生え抜き」であることが条件の一つと言われていた。

 こんなことがあった。昭和59年オフ、現役を引退した藤田平に横浜大洋から一軍打撃コーチ就任の要請があった。「指導者としての経験を積むためにも」と心が傾いていた藤田のところへある日、村山から電話が入った。

 「平(たいら)よ。お前はいずれ阪神の監督になるつもりやろ。それなら、絶対によその球団のユニホームは着るな」

 「本当に生え抜きでなければ監督になれないのか…」。藤田は悩んだ末に大洋からの話を断ったのである。

 今はそんな「生え抜き説」は消えた。もちろん球団もOB会も田淵を「ミスターT」と認めている。(敬称略)

           

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