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【夕焼けエッセー】送られてきた鍵

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【夕焼けエッセー】
送られてきた鍵

 「一度でいいから、自分の家に住んでみたい」。母の口癖で願望だった。仕事に恵まれず定職のない父には、かなわぬ夢でしかなかった。職を求めて各地を一家で流浪した。住居はいつも借家の6畳一間の朽ちたアパート。困窮の生活の中で、優しい母の笑みだけが安らぎだった。

 13歳から新聞専売所に下宿した私の給料が、わが家の貴重な収入になっていた。満州、北海道内5カ所、横浜と移住し、市内で3回目の引っ越しを終えたとき、母が突如倒れた。がんの初期症状だった。愕然(がくぜん)とした。母に真実を伝えることは、とてもできなかった。

 無理は承知の上だった。母のために市内に中古の小さな家を購入した。母が56歳、私が31歳の時だった。20年間の支払いは私の名義であった。「晴れた日には富士山が見えます」と、遠方に住む私に書き送る母の多くの手紙は、いつも文字が躍動していた。長年の願望が成就したためか、母の病状に著しい変化は見られず、多少の安(あん)堵(ど)はあった。

 そうした母の安穏に見えた日に、家の鍵と手紙が届いた。一日として住んだことのない家で、用のない鍵だった。残された命の終焉(しゅうえん)が記されていた。呆然(ぼうぜん)として母の名を呼んだ。

 ステージIIIのがんで母が逝ったのは、それから30日後だった。人生でわずか5年間の、あまりにも少なすぎる幸せの時間に、悔しくて泣いた。もうその家はない。父もいない。母の住んだあの家は鮮明な記憶の中にある。握りしめた鍵は母への思いの形見か、いつまでもそばにいてくれて温かい。

 臼木巍(72) 愛知県武豊町

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