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【第44回産経適塾 詳報(2完)】地球で生きるもう一つの道、「心のなかの島」オセアニア伝統航海術の知恵 須藤健一・国立民族学博物館長

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【第44回産経適塾 詳報(2完)】
地球で生きるもう一つの道、「心のなかの島」オセアニア伝統航海術の知恵 須藤健一・国立民族学博物館長

須藤健一・国立民族学博物館長 須藤健一・国立民族学博物館長

 ところがオセアニアの島々に人類が移動したのはつい最近のこと。台湾の原住民族の祖先と同じグループが、フィリピンなどを経て、今から3300年前にニューギニアの北の島に現れました。農耕(タロイモやバナナの栽培)、家畜(鶏や犬や豚)や土器製作など新石器文化の大移動でした。

 さらに東のサモアやトンガには2800年前に移住します。これらの島に長く住みついて、ポリネシア文化を生みだしました。それをもった人びとがタヒチへは2000年前、そしてハワイやニュージーランドに渡ったのは今から1000年前です。地球最後の辺境、オセアニアはこの人びとによって発見、征服されたのです。マゼランが太平洋に乗り出したのは16世紀、人間の住めるすべての島に人が住んでいた事実に西欧人は驚きました。

 オセアニアには、島と島とが4~5千キロ離れているところもあります。この先に島があることをどうして知り、なぜ行こうと思ったのか。このあたりは、大きな謎です。

 オセアニアの人びとは古来から、島を離れても自分の島に帰るための航海術を編みだしていました。おそらく何回も、島探しの探検や冒険の航海を試みて新天地を発見したのでしょう。ポリネシア神話には、「朝日は青春と冒険のためにあり、夕日は老人と休息のためにある」と語られ、東方の日の出ずる方向への航海を勇気づけています。

ハワイからタヒチへの航海

 ハワイは19世紀末に米国の植民地になり伝統文化を失いました。1970年代からは文化復興の動きが強くなりました。1976年の米国建国200年祭の記念事業として自分たちの故郷、タヒチへの航海を企画します。祖先の舟を復元し、航海術を復活させてタヒチへ向かうという計画です。大きなダブル・カヌー(双胴船)は建造できましたが、航海者がハワイやポリネシアからいなくなっていました。

 

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