産経WEST

【関西の議論】平和な江戸の世は仕事がなかった?甲賀忍者の厳しい“実情”、普段は農民とは…大量の古文書から判明

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【関西の議論】
平和な江戸の世は仕事がなかった?甲賀忍者の厳しい“実情”、普段は農民とは…大量の古文書から判明

自宅の蔵から見つかった古文書を見る渡辺さん=甲賀市 自宅の蔵から見つかった古文書を見る渡辺さん=甲賀市

 特徴的だったのは、うまやの存在だ。渡辺さんは「当時、農作業には牛が使われることが多かったはずだが、(御忍役人として)馬を飼っていなければならなかった。非常時には、近くの宿場まで馬でかけつけ、馬を乗り継いで尾張に行くためだ」と説明する。

 「忍」という文字の入った「忍次之火巻」という文書をみてみると、「ゑんせう」(硝煙のこと)や「いわう」(硫黄)などの材料の量まで細かく書かれており、これを少しずつ袋に入れて矢に取り付けて、火をつけたい場所に射る-との記載がある。残念ながら、この分量の材料を調合し、矢につけて射ると本当に火がつくかどうかは不明だという。

 ほかにも渡辺さん宅からは「伊賀甲賀唯法忍秘密子細有之」や「忍術極法」といった標題の文書も見つかっており、甲賀者としての“裏の顔”がどのようなものなのか興味は尽きず、さらなる解明が待たれる。

ほかにも眠る古文書があるかも…

 尾張藩では、渡辺さんの先祖をはじめ5人の甲賀者が雇われ、「甲賀五人」と呼ばれた。同様に、現在の大阪にある岸和田藩でも50人の甲賀者が雇われ「甲賀士五十人」と呼ばれた。これらの甲賀者は、いずれも通常は甲賀の地にいて、農業などをしながら生活していたとみられる。

続きを読む

このニュースの写真

  • 平和な江戸の世は仕事がなかった?甲賀忍者の厳しい“実情”、普段は農民とは…大量の古文書から判明

関連ニュース

【関西の議論】敵の落とし穴に落ち半死半生の目…スーパーマンでなかった忍者 甲賀で子孫探る研究

「産経WEST」のランキング