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【関西の議論】平和な江戸の世は仕事がなかった?甲賀忍者の厳しい“実情”、普段は農民とは…大量の古文書から判明

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【関西の議論】
平和な江戸の世は仕事がなかった?甲賀忍者の厳しい“実情”、普段は農民とは…大量の古文書から判明

自宅の蔵から見つかった古文書を見る渡辺さん=甲賀市 自宅の蔵から見つかった古文書を見る渡辺さん=甲賀市

 この部分は「小筒」の「手前」、つまり鉄砲の撃ち方を披露する方法を記したものだという。「力まず、安らかで」という部分や、披露する場に出るときに「貴人(偉い人)の方を見る」とするなど、尾張徳川家での指南役としての立ち振る舞いをとく。

 「戦場での戦い方ではなく、指南役として、どういう作法で鉄砲の撃ち方を披露すればよいかが書かれている。『甲賀者』としての働きから『忍働き』まで、一つの家からこれだけ幅広い種類の文書が出てくることは、甲賀市ではこれまでなかった」(伊藤さん)

 この文書には、「水上矢先吟味之事」として、「水鳥なと打候ハゝ、矢先村里なとに当たらハ必遠慮すへし、玉そへ怪我有もの也、可慎、」との記載もみられる。矢先、つまり狙いが村里などに当たる場合、玉がそれてけがをするので慎むように-と注意している。文書が書かれたのは江戸末期の嘉永年間で、“平和な時代”をうかがわせる。

火薬を扱い、馬を飼っておく

 渡辺さんの先祖は、尾張徳川家に「御忍役人」として雇われていた。仕えることを決めるときの「起請文」には「御用之節ハ、早速致参着(中略)御役儀相勤可申候」と書かれており、いざというときにはすぐに駆けつけ、“裏の顔”の特殊任務を務められるよう代々引き継いでいた。

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