産経WEST

【関西の議論】平和な江戸の世は仕事がなかった?甲賀忍者の厳しい“実情”、普段は農民とは…大量の古文書から判明

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【関西の議論】
平和な江戸の世は仕事がなかった?甲賀忍者の厳しい“実情”、普段は農民とは…大量の古文書から判明

自宅の蔵から見つかった古文書を見る渡辺さん=甲賀市 自宅の蔵から見つかった古文書を見る渡辺さん=甲賀市

 現在解読作業が続いているが、甲賀市教委の伊藤誠之・甲賀市史編纂(へんさん)調査員は「江戸時代に雇われた甲賀者に関する古文書では、これまで見つかったものに比べ多くの種類が含まれており、当時の甲賀者が家にそろえていた『典型的な古文書群』の一例となる可能性がある」と話す。

 また起請文については、元禄13(1700)年から、文政12(1829)年までに書かれた計10通の文書(うち1通は作成年不明)に、いずれも「御忍役人」として仕えると書かれていた。「市内に残る古文書で明確に『忍役人』として雇われていると書かれたものはほとんどない」(伊藤さん)といい、父子や兄弟にも話さないなどあらゆる秘密、機密を守ると誓っている。

心を「安らかに」鉄砲を撃て

 渡辺さんによると、先祖の「渡辺善右衛門」は「忍び」であることを周りに隠し、“表向き”は「鉄砲指南役」として尾張藩に仕えていた。甲賀の家で普段は農民として暮らし、年に一度、尾張に行って鉄砲の撃ち方を指導し、給金を受け取っていたという。

 「鍛錬の巻」という文書は、指導する際の撃ち方や作法を伝える。

 「小筒手前之事

 第一手前りきみなく、やすらかになるをよしとする也、(中略)其場に出る時、貴人の方を一目見、次に射場を一目見て、星筋を考、左の方星筋に向ひ、左の足踏出し少引、左の膝を立、右の足を折敷、」

続きを読む

このニュースの写真

  • 平和な江戸の世は仕事がなかった?甲賀忍者の厳しい“実情”、普段は農民とは…大量の古文書から判明

関連ニュース

【関西の議論】敵の落とし穴に落ち半死半生の目…スーパーマンでなかった忍者 甲賀で子孫探る研究

「産経WEST」のランキング