産経WEST

【石野伸子の読み直し浪花女】須賀敦子の終わらない旅(7)作家デビュー61歳、完璧な“靴”求めユルスナール、合間に奉仕運動

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【石野伸子の読み直し浪花女】
須賀敦子の終わらない旅(7)作家デビュー61歳、完璧な“靴”求めユルスナール、合間に奉仕運動

須賀敦子の第2エッセー集「コルシア書店の仲間たち」 須賀敦子の第2エッセー集「コルシア書店の仲間たち」

 なぜフランスで行き詰まったのか。なぜイタリアだったのか。「ながいこといろいろな思いでつきあってきたヨーロッパとヨーロッパ人についての、そして、彼らと私の出あいについての、私なりのひとつの報告書でもある」とあとがきに書いたように。

 その自身の軌跡を語る自己省察の合間に、ふっともれ出したように、イタリアから帰国した後の日本での生活が顔をだす。

 「四十五歳からの二、三年間、私なりに持つことを許された、あの熱にうかされたような、狂的といっていいほどの速度と体力と集中で仕事ができた時代を思い出させてくれる」

 須賀エッセーの読者としてはドキリとする文章。一体、何があったのか。

 「まちがえた場所に穴を掘ってそのことの危険に気づかないウサギみたいに、いまになって思えばその仕事も数多い私の試行錯誤のひとつにすぎなかったのではあるけれど、とにかく全力を注ぐ対象ではあった」

 これが、廃品回収を中核に置いたカトリックの奉仕活動「エマウス運動」であることは、須賀が亡くなり、追悼集が出され、彼女の人生をめぐる本が多彩に出る中で徐々に明らかにされた。

 エマウス運動はフランスのピエール神父が1949年に始めた宗教的社会活動。大戦後に生活の手段を失った人に住まいを提供し、廃品回収を行うことで生活の基盤をつくろうとする。その支援のために学生や若者の多くが運動に参加した。

 日本でも早い時期に活動が始まっており、須賀敦子は実は渡欧前の20代、神戸の活動拠点に日本のキーパーソンであったヴァラード神父を訪ねている。そしてミラノから引き揚げる決心をしたとき、再びヴァラード神父に連絡をとりパリで面会している。そして、帰国後は積極的に運動に参加、2年後の1973年には練馬区にエマウスの家を設立し責任者となっている。

 「コルシア書店」から「エマウスの家」に。カトリック左派に発する活動だから須賀の行動は一貫しているかにみえる。

続きを読む

関連ニュース

【石野伸子の読み直し浪花女】須賀敦子の終わらない旅(8)「追憶のエッセー」文体へ試行錯誤の一直線 会話を冗舌なほど再現

「産経WEST」のランキング