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【石野伸子の読み直し浪花女】須賀敦子の終わらない旅(7)作家デビュー61歳、完璧な“靴”求めユルスナール、合間に奉仕運動

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【石野伸子の読み直し浪花女】
須賀敦子の終わらない旅(7)作家デビュー61歳、完璧な“靴”求めユルスナール、合間に奉仕運動

須賀敦子の第2エッセー集「コルシア書店の仲間たち」 須賀敦子の第2エッセー集「コルシア書店の仲間たち」

 42歳で通算15年にわたるヨーロッパ生活を終え、日本に帰国した須賀敦子が、「ミラノ 霧の風景」(1990年)で作家デビューするのは61歳。その間には約20年の時間が流れている。が、須賀が残した5冊のエッセーには、その間のことはほとんど触れられていない。

 わずかに記述が見られるのが、生前に出版した最後の著作となる「ユルスナールの靴」(1996年)。雑誌「文芸」に2年余り連載したものに加筆したもので、この本は過去4冊のエッセー集とは微妙に異なる構成をもっている。

 「きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする」

 いつものように印象深い書き出しで、自身の思い出を語りながら、いつのまにかマルグリット・ユルスナールというフランスの作家の人生と作品に入っていく。短編をつないだような過去のエッセー集と違って、全編をユルスナールという作家に捧げ、その思いの深さが、ときに読者を置き去りにする。

 文芸評論家の湯川豊氏は文芸春秋勤務時代、「コルシア書店の仲間たち」と「ヴェネツィアの宿」の編集にかかわり、その後「須賀敦子を読む」(2009年)を上梓して読売文学賞を受賞した。須賀作品について誰よりも通じている一人といえるがその湯川氏が先の著作でこの作品について「最初に読んだとき、小さくはない戸惑いを覚えた。現在もその戸惑いは拭いきれていない」と書いている。

 その戸惑いの原因は「須賀が語る対象であるユルスナールがすっきり見えてこない」ことをズバリ挙げる。だからといってこの本が須賀ファンにとって意味がないというわけではない。

 須賀自身があとがきに書いたように、「ユルスナールの生きた軌跡と自分のそれとを、文章のなかで交錯させ、ひとつの織物のように立ちあがらせたい」という思いで書かれている。ユルスナールは「ハドリアヌス帝の回想」「黒の過程」などの著作によって「ヨーロッパの精神の示現となった」人だが、日本ではあまりなじみがないだけに須賀の試みが十分成功したとはいいがたい。が、一方の須賀の生きた軌跡は、かなり率直に語られている。

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