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終戦直後の尖閣海域、九州漁船団繰り出す 鹿児島大発見資料「わが国実効支配の傍証」

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終戦直後の尖閣海域、九州漁船団繰り出す 鹿児島大発見資料「わが国実効支配の傍証」

鹿児島県水産試験場の事業報告書では、昭和25年1月に尖閣諸島の魚釣島を終点とした東シナ海の漁業調査を示している 鹿児島県水産試験場の事業報告書では、昭和25年1月に尖閣諸島の魚釣島を終点とした東シナ海の漁業調査を示している

 さきの大戦直後、九州・山口の漁船団が尖閣諸島(沖縄県石垣市)まで出航していた記録を鹿児島大水産学部の佐々木貴文助教(水産政策論)が発見した。戦後間もなく資機材や燃料が不足した中でも九州の漁師が繰り出すほどに、周辺海域が好漁場だったことを示す。現在は中国当局の船の度重なる領海侵入の影響もあり、日本の漁船は事実上、閉め出されている。(奥原慎平)

 資料の名称は「東支那海(ひがししなかい)底魚資源調査要報」で、昭和22、24年、水産庁福岡駐在所(現・九州漁業調整事務所)が発刊した。佐々木氏が、内閣官房の進める尖閣諸島関連史料の発掘・調査に協力し、鹿児島大付属図書館で確認した。

 要報では東シナ海を30マイル(約50キロ)四方のエリアに分け、九州・山口の漁船団による1カ月ごとの漁獲高を書き残していた。

 このうち22年7月分では尖閣諸島の久場島を含む漁区に、水揚げ量1万貫(37・5トン)を示す赤い印が2つ付いていた。より詳細な調査に切り替えた23年5月には魚釣島の漁区で2万4010貫(90トン)の漁獲があったことも判明した。

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