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【銀幕裏の声】「ニンジャ」開発、米で“サムライ”と呼ばれた男-飛燕・屠龍…航空機開発の系譜から生まれた伝説のバイク(上)

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【銀幕裏の声】
「ニンジャ」開発、米で“サムライ”と呼ばれた男-飛燕・屠龍…航空機開発の系譜から生まれた伝説のバイク(上)

「ニンジャ」誕生30周年を記念した企画展が平成26年、神戸市で開かれ、“最速”のレーシングマシンが展示された。開発者、百合草さんのDNAは今も生きている 「ニンジャ」誕生30周年を記念した企画展が平成26年、神戸市で開かれ、“最速”のレーシングマシンが展示された。開発者、百合草さんのDNAは今も生きている

 YS11の設計には土井、堀越両氏が関わっていた。 百合草さんは、「国産の新型航空機を自分の手で飛ばしたい…」という夢を膨らませ、迷わず選んだのが川崎航空機工業。現在の川崎重工だった。

 しかし、当時、日本の航空機産業は米国からの規制を受け衰退。戦闘機などの軍用機はもちろん、旅客機もYS11以降、自由に製造できる環境にはなかった。入社した百合草さんへの会社の指令は、「新たなバイクを開発しろ」。配属されたのは二輪車部門だった。

 「“私は航空機を作るために入社したのです”と上司へ抗議しました」と百合草さんは苦笑しながら当時を振り返る。「すると上司にこう言われたんです」

 航空機作りの夢に燃え、熱く訴えてくる若いエンジニアを諭すように上司はこう語りかけた。

 「航空機を研究開発するためには数千億円が必要なんだ。今、その資金はこの会社にはない。その莫大な開発費を稼ぐために、君に世界で売れるバイクを開発してほしい」と。

 若きエンジニア、百合草さんは、大学で土井さんから受け継いだ航空機エンジン開発のノウハウを、「世界で戦える新型バイクのエンジン開発に注ごう」と強く心に誓った。

=つづく

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