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【銀幕裏の声】「ニンジャ」開発、米で“サムライ”と呼ばれた男-飛燕・屠龍…航空機開発の系譜から生まれた伝説のバイク(上)

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【銀幕裏の声】
「ニンジャ」開発、米で“サムライ”と呼ばれた男-飛燕・屠龍…航空機開発の系譜から生まれた伝説のバイク(上)

「ニンジャ」誕生30周年を記念した企画展が平成26年、神戸市で開かれ、“最速”のレーシングマシンが展示された。開発者、百合草さんのDNAは今も生きている 「ニンジャ」誕生30周年を記念した企画展が平成26年、神戸市で開かれ、“最速”のレーシングマシンが展示された。開発者、百合草さんのDNAは今も生きている

 世界最速の名をほしいままにした“ニンジャ”シリーズは、公道での「ゼロヨン」(約400メートルのタイムを競うレース)などレース好きの米国の若者たちの絶大なる支持を得て販売網を拡大。また、CHPやLAPDに採用されたKZ1000POLICEは、その信頼性から、米国全土から、カナダの警察用白バイとしても採用されていった。

 だが、決して順風満帆だったわけではなかったという。

 「このKZ1000POLICEは、まさにカワサキの名を世界に知らしめた傑作バイクですが、後に社の存続を揺るがす事件を引き起こすことになるのです」。百合草さんが明かした壮絶な“ある事件”については後編で紹介したい。

「売れるバイクを作れ」の社命、航空機開発資金を稼ぐためだった

 百合草さんは昭和10年、東京で生まれ、愛知県で育った。

 「戦後の日本の産業を復活するためには最先端の技術が求められる航空機作りの技術者が必要だ」との信念から、名古屋大学工学部航空学科に進学する。大学で航空機設計について学んだ“師匠”は、旧日本陸軍の戦闘機「飛燕」や「屠龍」などの設計者、土井武夫さんだった。東大工学部航空学科で土井さんと同期だったのが、零戦の設計者として知られる堀越二郎さんだ。

 「土井さんからは当時、国産初の旅客機として研究・開発が進められていたYS11の図面を教材に講義を受けました。航空機開発の草分け的技術者から“失敗の経験の尊さ”も教えられました」と言う。

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