産経WEST

【銀幕裏の声】「ニンジャ」開発、米で“サムライ”と呼ばれた男-飛燕・屠龍…航空機開発の系譜から生まれた伝説のバイク(上)

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【銀幕裏の声】
「ニンジャ」開発、米で“サムライ”と呼ばれた男-飛燕・屠龍…航空機開発の系譜から生まれた伝説のバイク(上)

「ニンジャ」誕生30周年を記念した企画展が平成26年、神戸市で開かれ、“最速”のレーシングマシンが展示された。開発者、百合草さんのDNAは今も生きている 「ニンジャ」誕生30周年を記念した企画展が平成26年、神戸市で開かれ、“最速”のレーシングマシンが展示された。開発者、百合草さんのDNAは今も生きている

 当時、米国の大型バイク市場は、ハーレーダビッドソンなどの他、日本勢ではホンダのCB750などが勢力を拡大し、カワサキは後発メーカーだった。

 60年、カワサキがこの牙城に挑むため、“白羽の矢を立て米国に送り込んだ”日本からの刺客が、新型バイクの研究・開発だけでなく、グリーンのチームカラーで、世界のロードレース界を席巻した「チームカワサキ」の監督も務めた百合草さんだった。

“カワサキのバイクを知り尽くした男”に「米国市場で戦え!」

 百合草さんはA1、Z1、そしてGPZ900R初代“ニンジャ”などカワサキを代表する歴代名バイクの開発に関わってきた生粋のエンジニア。51~56年にはKMCのR&D(研究開発)所長として米国でバイク開発に携わっていたが、KMC社長としての米国赴任は異例ともいえる指令だったという。会社は“カワサキのバイクを知り尽くした男”に米国市場での社の命運を託したのだ。

 「君はバイクの開発責任者なのだから、今度は米国でそのバイクを販売するために市場を開拓してこい、というのが会社からの命令ですよ」と百合草さんは苦笑しながら当時を振り返った。

 百合草さんは技術者として、自ら開発したバイクを持ち込み、米大陸横断という過酷なテストを何度も繰り返した経験も持っていた。そこで培った知識などを駆使し、米市場開拓の作戦を練り上げていく。

 高速道路の充実した米国での大型バイク需要、レース好きの若者を対象にした市販レーサー需要…。開発者としての視点から米国向けバイクのニーズを分析していた百合草さんは社の期待に応え、米市場にぐいぐいと食い込んでいった。

続きを読む

このニュースの写真

  • 「ニンジャ」開発、米で“サムライ”と呼ばれた男-飛燕・屠龍…航空機開発の系譜から生まれた伝説のバイク(上)
  • 「ニンジャ」開発、米で“サムライ”と呼ばれた男-飛燕・屠龍…航空機開発の系譜から生まれた伝説のバイク(上)
  • 「ニンジャ」開発、米で“サムライ”と呼ばれた男-飛燕・屠龍…航空機開発の系譜から生まれた伝説のバイク(上)

関連ニュース

【銀幕裏の声】〝ヒストリア〟でブレーク、歌姫3人組の素顔 “奇跡のハーモニー”秘話

「産経WEST」のランキング