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【戦後71年 楠木正成考<第4部>】倒幕(5)「公」を忘れた日本人へ 尊氏の翻心生んだ籠城戦

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【戦後71年 楠木正成考<第4部>】
倒幕(5)「公」を忘れた日本人へ 尊氏の翻心生んだ籠城戦

六波羅探題址に立つ石碑。六波羅は正成が奮闘する間に攻め滅ぼされた=京都市東山区の六波羅蜜寺(恵守乾撮影) 六波羅探題址に立つ石碑。六波羅は正成が奮闘する間に攻め滅ぼされた=京都市東山区の六波羅蜜寺(恵守乾撮影)

 福岡大の森茂暁教授はそう話す。高氏は後醍醐天皇から諱(いみな)・尊治(たかはる)の一字を賜り、名を尊氏と改める。正成はやがて、この尊氏としのぎを削ることになる。 =第4部おわり(第5部に続く)

 この連載は嶋田知加子、中井美樹、藤崎真生、安本寿久、山上直子が担当しました。

【用語解説】六波羅探題 鎌倉幕府が京・六波羅に置いた出先機関、およびその役職名。後鳥羽上皇が鎌倉幕府の討伐を図った承久の乱の後、かつての平清盛邸を改築して設置された。

 朝廷の監視や京都の警備、尾張・加賀以西の政務や裁判を総括した。北と南があり、執権・連署(執権の補佐役)に次ぐ重職とされて北条氏から選ばれた。

 元弘3年、後醍醐天皇の命を受けた足利尊氏らに攻められ、当時の探題だった北条仲時・時益が追われて滅亡。跡地の南には六波羅蜜寺がある。

 この連載「楠木正成考~『公』を忘れた日本人へ」第1部~5部を収録した冊子を発行します。お近くの産経新聞販売店でもお申し込みいただけます(発送は21日以降)。「楠木正成考シンポジウム」(21日、神戸・湊川神社で)参加者には、当日資料として冊子が配布されます(参加費に含まれています)。詳しくは次のURLアドレス(http://www.sankei.com/west/news/160908/wst1609080047-n1.html)参照を。

▼http://www.sankei.com/west/news/160908/wst1609080047-n1.html

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