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【戦後71年 楠木正成考<第4部>】倒幕(4)「公」を忘れた日本人へ 「悪党」躍動 鎌倉終焉の象徴

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【戦後71年 楠木正成考<第4部>】
倒幕(4)「公」を忘れた日本人へ 「悪党」躍動 鎌倉終焉の象徴

千早城跡・四の丸に登る階段。幕府軍はこの傾斜を攻め上った=大阪府千早赤阪村(恵守乾撮影) 千早城跡・四の丸に登る階段。幕府軍はこの傾斜を攻め上った=大阪府千早赤阪村(恵守乾撮影)

 「平成6(1994)年には660年前のお礼をしようと、村民ら181人が当時のルートを中辺路まで歩きました」

 全長約150キロ。ほぼすべて山道の行程は、3泊4日かかったという。

 「着替え程度しか持たない旅でそれだけかかるのだから、兵糧を500石も運ぶのは難業だったと思います。それをしてくれる仲間の武士団がいた。その団結力を生む魅力が正成にあったからこそ、100日の籠城戦に勝ち抜けたのだと思います」

=次回(5)は19日に掲載

【用語解説】楠木七城 楠木正成は鎌倉幕府の大軍と戦うにあたって、金剛山中腹を中心に多くの山城をつくった。一般に「楠木七城」と呼ばれるが、北から連なる下赤坂城、上赤坂城(楠木城)、千早城が主だった城。幕府軍が北から来ることを想定してそれぞれ前衛の城、本城、詰め城と位置づけていた。

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