産経WEST

【戦後71年 楠木正成考<第4部>】倒幕(1)「公」を忘れた日本人へ 親王の「命令」背に再び挙兵

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【戦後71年 楠木正成考<第4部>】
倒幕(1)「公」を忘れた日本人へ 親王の「命令」背に再び挙兵

千年以上の歴史を持つ天野山金剛寺。挙兵にあたって正成が頼りにした=大阪府河内長野市(恵守乾撮影) 千年以上の歴史を持つ天野山金剛寺。挙兵にあたって正成が頼りにした=大阪府河内長野市(恵守乾撮影)

 正成を敗死させたと思い込み、後醍醐天皇を隠岐に流したことで幕府には明らかに油断があった。その間隙を縫って、倒幕の戦いはいよいよ本格化してゆく。

     ◇

 元弘2年は、正成数え39歳。翌年にかけて倒幕のための政略、軍略が冴え渡る。圧倒的な劣勢をはねのけた大事業を通して、正成を支えた精神を考えたい。

     =(2)に続く

     ◇

【用語解説】天野山金剛寺

 奈良時代の天平年間(729~749年)、僧・行基(ぎょうき)が聖武天皇の勅願(ちょくがん)によって草創したと伝わる。弘法大師・空海も密教修練に励んだとされるが、その後衰退。平安時代末、高野山の阿観(あかん)上人が再興した。明治時代の初めまで高野山は女人禁制だったが、参拝を許していたため「女人高野」とも呼ばれた。

続きを読む

関連ニュース

【戦後71年 楠木正成考<第4部>】倒幕(2)「公」を忘れた日本人へ 鮮やか速攻 幕府軍を翻弄

「産経WEST」のランキング