産経WEST

【戦後71年】神風特攻第1号、「軍神」と呼ばれた男…遺品から浮かび上がる関行男の素顔と生き様

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【戦後71年】
神風特攻第1号、「軍神」と呼ばれた男…遺品から浮かび上がる関行男の素顔と生き様

関中佐の大尉時代の写真 関中佐の大尉時代の写真

 「神風特攻隊」の一番機として出撃し、昭和19年10月25日にレイテ沖海戦で米護衛空母「セント・ロー」に体当たりして海に散った海軍中佐、関行男=当時(23)、大尉から戦死後に昇進=の遺品約20点が、出身地に近い松山市の陸上自衛隊松山駐屯地にひっそりと展示されている。家族らに宛てた遺書(複写)や軍服、制帽、日記、筆記道具などで、「軍神」とあがめられた中佐の“素顔”と、いや応なしに戦争と向き合い命をささげざるを得なかった当時の若者の生き様を今に伝えている。

海軍兵学校と陸軍士官学校にダブル合格の秀才

 同駐屯地の資料展示室には、主に松山市にあった歩兵第22連隊関係の遺品や資料が展示されており、関中佐の遺品はその一角のガラスケースの中に並べられている。

 関中佐は愛媛県西条市に生まれ、同市立大町小、旧制西条中学を経て、昭和13年12月、海軍兵学校へ進んだ。中学時代は成績優秀で、庭球部員として全国大会に出場するほどの腕前だった。

 展示室には関中佐の優秀ぶりを示す資料がある。海軍兵学校と陸軍士官学校双方の合格通知である。日付はともに昭和13年11月3日。当時、難関中の難関とされた両校にダブル合格していたのだ。

続きを読む

このニュースの写真

  • 神風特攻第1号、「軍神」と呼ばれた男…遺品から浮かび上がる関行男の素顔と生き様
  • 神風特攻第1号、「軍神」と呼ばれた男…遺品から浮かび上がる関行男の素顔と生き様
  • 神風特攻第1号、「軍神」と呼ばれた男…遺品から浮かび上がる関行男の素顔と生き様
  • 神風特攻第1号、「軍神」と呼ばれた男…遺品から浮かび上がる関行男の素顔と生き様

「産経WEST」のランキング