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【戦後71年 楠木正成考<第3部>】挙兵前夜(3)「公」を忘れた日本人へ 晩婚の夫支えた母性の鑑(かがみ)

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【戦後71年 楠木正成考<第3部>】
挙兵前夜(3)「公」を忘れた日本人へ 晩婚の夫支えた母性の鑑(かがみ)

四條畷神社の摂社、御妣神社。正行の母、つまりは正成の妻を祭っている=大阪府四條畷市(恵守乾撮影) 四條畷神社の摂社、御妣神社。正行の母、つまりは正成の妻を祭っている=大阪府四條畷市(恵守乾撮影)

 そう話す童門さんはこうも言う。

 「久子がいたからこそ、正成や楠木一族の活躍があったことは間違いない」

     ◇

【用語解説】「正行の母」の人気

 楠木正行を祭る四條畷(しじょうなわて)神社(大阪府四條畷市)の摂社、御妣(みおや)神社は「正行の母」を祭っている。大正13(1924)年、「母性の亀鑑(きかん)」とする有志が建立した。大正は特に、正行の母の人気が高まった時代で、講談社が発刊した『少女倶楽部』大正13年11月号の人物懸賞投票第1回発表では、正行の母が3位だった。ちなみに1位は静御前、2位は紫式部。

 人気の伏線は江戸時代にあり、1710年初演の浄瑠璃『吉野都女楠』では、父の敵を討つため馬で飛び出した正行を、手綱をつかんで押さえる母の姿が演じられている。   =(4)に続く

▼(4)用意周到な武将、最初から後醍醐天皇の頼み…に続く

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